原爆に正義はあるのか


 アメリカや韓国では原爆は"正義"であると、大っぴらに言われています。明らかに民間人を狙った非人道的行為であるにもかかわらずです。さらに一部には、"原爆がアジアを植民地支配から解放した"などという、とんちんかんなことを言う人もいるそうです(当時のアジアは元々帝国主義国の植民地であり、植民地支配からの解放のきっかけとなったのは日本の侵攻)。
 正義であるとする根拠は、"原爆のおかげで日本が早期に降伏し、何百万人もの命を救った"ということだそうです。結果だけ見れば確かにそうなったといえます。しかし、(もちろん歴史に、もし…だったら、など通用しませんが)本当に原爆を使わなければ戦争を早く終わらせることはできなかったのでしょうか。

 大戦末期の日本の戦力は完全に疲弊衰退、もはや戦争を続けることは困難になっており、国内には早く戦争を終わらせたいという空気が広まりつつありました。そこで日本はソ連に仲介を頼み、連合国との話し合いによって戦争を終わらせようと動き出しました。
 日本のこのような様子に気づいたアメリカ政府内では最初、天皇制の維持と引き換えに降伏を勧告すれば、日本はすぐにこれに応じるだろうという意見が出されました。しかし当時のアメリカの世論は、天皇に対する強硬派が多数を占めており、世論の反発を恐れた政府は、あくまでも無条件降伏を求めることを決めました。つまりアメリカ政府は兵士の命よりも自分達の政権の安定のほうが大事だと考えたわけです。

 1945年7月17日、戦後処理を話し合うため連合国代表がドイツのポツダムに集まりました。メンバーはイギリスのチャーチル、ソ連のスターリン、そしてアメリカのトルーマンです。
 この会議の席で、トルーマンはアジアの権益を狙うソ連のスターリンの存在に危機感を抱きます。アメリカとソ連は先のルーズベルト大統領の時に、日本の早期降伏のため、ソ連にも日本に対し参戦してもらうという密約を交わしていました。しかしトルーマンは、戦後世界でアメリカがソ連に対し優位に立つためには、ソ連の助けを借りず、アメリカの力だけで日本を降伏させる必要があると考えたのです。
 ちょうどその頃トルーマンのもとに、本国から原爆の実用化に成功したという知らせが届きました。これによりトルーマンは、アメリカだけで日本を倒せると確信します。
 力を得たトルーマンは強い態度で会議を引っ張り始め、さらに邪魔なソ連をはずし、新たに中国を引き入れてポツダム宣言を発表、日本に無条件降伏を要求しました。

 8月6日アメリカは、広島に一発目の原爆を投下します。日本はソ連の和平仲介に最後の望みを託しますが、領土拡大の野心に燃えるスターリンには和平の気など初めからありません。
 ソ連ははずされたはずのポツダム宣言を理由にして、強引に中立条約を破棄し宣戦布告。満州や樺太、千島への進撃を開始します。さらにアメリカによって長崎にも原爆を落とされ、8月14日、日本はついにポツダム宣言を受け入れたのです。

 戦後世界の派遣を争う米ソの利害にもてあそばれていたことにも気づかず、戦争をあきらめなかった愚かな軍上層部が、原爆、ソ連参戦と無駄な被害の拡大を招いてしまったわけですね。
 しかし同時に、戦争の早期終結のみを目的とするならば、すでに力を失っていた日本に対し、原爆など使う必要はなかったことは明白です。やはり原爆投下というのは必然性などない、単なる無差別殺戮にすぎない行為だったといえるでしょう。